断眠療法によるうつ病治療
うつ病患者を夜間に眠らせない「断眠療法」の歴史は古く、1971年にその効果が確認されて以来、これまでに全世界で数多く適用され、その高い有効性が実証されています。
- 一晩の断眠直後から効果がでる。
- 有効率は約60%と高く、抗うつ薬の有効率と遜色ない。
- 副作用が少なく、適用対象が広い。
- 薬物抵抗性の難治性うつ病にも有効である。
しかしながら、その効果が持続しにくく、断眠療法後の回復睡眠で逆戻りしてしまうという欠点もあり、これまで日本ではあまり一般化されませんでした。しかし、断眠療法の効果を持続・増強させる方法がヨーロッパを中心に研究・確立されおり、すでに実用段階にあります。
日本では、抗うつ薬主体の治療が中心ですが、日本うつ病学会理事長の野村総一郎先生が、「抗うつ薬はうつ病治療法の一つに過ぎない。」とNHKクローズアップ現代(2009.6.1放送)の中で明言され、抗うつ薬中心の治療法の限界に触れられたように、うつ病治療には様々の治療法が求められているのです。
断眠療法は、抗うつ薬治療を補完する大変有効な治療法なので、是非とも日本でも一般化させ、100万人を超えると言われるうつ病患者の助けになればと思います。
断眠療法とは
断眠療法がうつ病治療として有望であると言っても、いったいどのような治療法で、どのように行うのでしょうか。
うつ病の症状には、生体リズムの異常を示す場合が多く、逆にその生体リズムを積極的に操作して元に戻してあげることによりうつ病が改善されることが実証されています。その生体リズムを操作する方法として、一時的に睡眠を絶ち、徐々に元に戻すことを行います。これが断眠療法です。そして、最初にあげた効果が持続しにくいという断眠療法の弱点を解決するために、これまでヨーロッパを中心に研究されてきました。
断眠療法は、残念ながら一人で自宅で行えるものではありません。断眠中はもとより、断眠の前後を通して医療スタッフのサポートが必要になるので、一般的には入院して治療を受けることになります。
文献、書籍、他:
うつ病治療 その1
精神科治療学17巻増刊号 「気分障害の治療ガイドライン」 第5章 断眠療法 星和書店
断眠療法の種類とやり方
断眠療法には下記の4種類があり、現在ではTSDとLPSDが使用されています。
種類 | 略称 | 説明 | 有効性 |
---|---|---|---|
全断眠 | TSD | 一晩まったく眠らせない。 | 約60% |
夜間後半部分断眠 | LPSD | 通常の就寝時刻に眠り、午前2時頃に覚醒させて以後は眠らせない。 | TSDと同等、あるいはTSDより劣る |
夜間前半部分断眠 | EPSD | 夜間の前半部分を眠らせない。 | LPSDと同等、あるいはLPSDより劣る |
選択的REM断眠 | REM-SD | REM睡眠だけを選択的に遮断する。 | 一般化されてない |
断眠中は、患者が自由に希望することを過ごして良いことになっています。テレビ、ビデオ鑑賞、読書、ゲームなど、どのように過ごしても良く、断眠療法の進んでいるヨーロッパでは、集団療法として患者同士が断眠中に交流して過ごすことも行われているそうです。
ただ、たとえ短時間でも断眠中に眠ってしまうと効果を弱めてしまうので、必ず治療者が付き添ってサポートする必要があります。
下記は、断眠した翌日以降に「光療法」と「睡眠位相前進」を実施することにより睡眠時間帯を上手く操作し、断眠療法の効果を維持したまま通常睡眠時間帯に戻す方法の一例です。
日程 | 睡眠時間帯 | 断眠療法の効果の維持 |
---|---|---|
1日目 | 断眠 | - |
2日目 | 17:00~0:00 | 睡眠位相前進、高照度光療法 |
3日目 | 19:00~2:00 | 睡眠位相前進、高照度光療法 |
4日目 | 21:00~4:00 | 睡眠位相前進、高照度光療法 |
5日目以降 | 23:00~6:00 | 高照度光療法 |
断眠療法の効果を持続させる方法
最初にあげたように、断眠療法は副作用が少なく、また、他の治療法と共存できます。この特長により、効果が持続しにくく断眠療法後の回復睡眠で逆戻りしてしまうという欠点を克服できるのです。
調べた限りでそれらの方法を簡単に紹介すると、以下の3つの方法がありました。
-
薬物療法
炭酸リチウムや抗うつ薬と併用すると、断眠療法の効果を増強および持続することが知られています。 -
高照度光療法
断眠療法の実施後に光療法を実施することで、断眠療法の効果が持続することが知られています。 -
睡眠位相前進
断眠療法後は、通常よりも早い時間帯に睡眠をとらせるようにします。そして、これを数日かけて通常時間帯に戻していきます。この睡眠位相の操作を行うことにより、断眠療法の効果を持続できることが知られています。
有効なうつ病治療法として期待!
先にも紹介したように、抗うつ薬だけの治療には限界が見えてきています。抗うつ薬の効き方、副作用の現れ方は人それぞれで、抗うつ薬が効きにくい、あるいは副作用が出やすいといった薬剤抵抗性の患者、難治性の患者、遷延性(療期間が長期間にわたる)のうつ病患者も少なからず存在するのです。
このような患者の場合には治療が手詰まり状態に陥りやすいので、断眠療法を適用する意義がひじょうに大きくなります。入院治療が必要であるものの、一晩の断眠直後から効果がでて、有効率が60%と抗うつ薬と遜色なく、副作用が少なく適用対象が広いというメリットを持っているので大変期待が持てます。
このように断眠療法は、うつ病治療の幅を広げる一つの有効な治療法として期待できるのです。是非とも日本中に普及し、うつ病患者の助けになればと思います。