うつ病治療 その2
うつ病のパートを二つに分けたのは、この二つめのパートの内容が、脳科学の分野に踏み込んで、一般の人には難解過ぎるものだからです。ただ、これらの研究が最近のうつ病と不眠の相関を明らかにする重要な根拠となっている重要な文献です。
しかし、うつ病で困っている人にとっては、その治療法が重要な訳で、その意味では詳細を理解する必要はあまり無いかも知れません。筆者も患者の立場で書いておりますので、部分的に光療法の有効性に関わるところにはコメントを入れさせていただきました。
情報元 | 要約とコメント |
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・こころの科学 No119/1-2005
・分子精神医学 Vol.5 No.3 2005
・分子精神医学 Vol.7 No.1 2007
・日本精神神経学 108(11) 2006
・ライフ・サイエンス 2007.2
・精神医学 49(5) 2007
清水 徹男氏
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ここで紹介するのは、すべて清水徹男氏による文献です。不眠・睡眠障害とうつ病の関連に関して、様々な学会や雑誌で精力的に情報発信することに尽力され、多大な貢献をされています。ここであげた文献は2005年からですが、私の知っている限り、清水氏はその何年か前から不眠とうつ病の相関に関して訴求されていました。ここでは、これらの文献をまとめて紹介いたします。 まず最初に、うつ病が先進国においては成人病の一種として捉えられていることを紹介されています。WHOのデータでは、うつ病は慢性成人病の4位であり、2020年には2位まで増加する予想されている極めて要注意な疾患です。男性の1割、女性の2割が一生に1度はうつ病にかかるという恐ろしいデータが既に揃っているのです。 このような現象が見られるのは、現代という不眠社会が背景にあるわけですから、この「うつ」と「不眠」の関係を解き明かすことが重要となってきます。 不眠の原因には様々なものがありますが、米国の例を取れば、睡眠障害センターを受診する患者の不眠の原因のうち、4~5割がうつ病をはじめとする精神疾患となっています。また、フォードとカメローが行った一般住民を対象とした調査では、全体の約1割に不眠がみられ、そのうち4割がうつ病であると判断されたという報告もあります。さらにうつ病ではないと判断された人も、その1年後に調査すると、不眠が継続していた人の場合は、不眠から回復した人に比べて、うつ病の発症率が約40倍も高かったという結果を得ています。これらの結果から、不眠はうつ病を引き起こす危険因子であると提唱しました。 また、別の観点から、学生時代に不眠のあった者では、不眠のなかった者に比べ、うつ病発生率が2倍であったという結果が得られています。これは、なんと34年間にわたる追跡調査を行って得られた結果です。 ここから先の青字の部分は、不眠とうつ病の相関の原因・理由を示す話です。本来関心の高い内容であるはずなのですが、この説明は、一般人にはいきなり雲の上の脳科学の別世界の話となり、まったく聞き慣れない言葉ばかりとなりますので、流して読んでもらっても結構です。筆者も概要レベルの理解で要点だけを追って要約しています。 不眠とうつ病を考える時、最近、脳内のHPA axisといわれる部位が注目されています。HPA axisとは、脳内の視床下部-下垂体-副腎皮質系の部分を指します。そして、これらの部位間で脳内ホルモンが複雑に分泌されています。 たとえば、外部からストレスがかかると、視床下部からCRHとうホルモンが分泌され、続いて下垂体からACTHというホルモンが分泌され、そしてそれが副腎皮質でコルチゾール(ストレスホルモンとして一般的にも見られる言葉)というホルモンが分泌され、さらに連鎖反応は続きます。 不眠状態になると、このHPA axis系のホルモン分泌やこれらの部位の機能動作に狂いが生じます。そして更に海馬への悪影響(形態的変化)の可能性も明かになってきています。 そして、ストレスや悩みなどで不眠が継続すると、脳内のHPA axisの活動を異常に高ぶらせ、それがさらに不眠を招くという悪循環が形成されていきます。そして、その悪循環が持続して海馬破壊につながることで、うつ病が発症すると考えられています。一応、仮説と書かれていますが、他の学者の文献でも同様の原理説明となっています。 途中を大幅に省略しましたので、かえってわかりにくくなったかもしれませんが、大変高度な専門的知識なしには理解不可能な分野ですので、雰囲気程度に感じてもらえば結構です。 重要なのは、不眠は身体に様々な悪影響をもたらすだけでなく、それが継続するとうつ病を引き起こす危険因子となるということです。したがって、自分で不眠が継続していることを感じているのにそれを放置したままにしておくことが、大変な危険を侵しているという認識を持ち、不眠の段階で適切な処置をとってうつ病にならないようにすることが一番大切です。 あと、睡眠をコントロールすることによってうつ病を治療する方法として、断眠療法と光療法の組み合わせによる方法が紹介されています。断眠療法は一時的にしか効果がないのが欠点ですが、それを光療法で睡眠の位相をずらせることによって効果を継続させるというものです。うつ病患者に取ってはその有望性に関心の高いところですが、断眠療法にはいくつかのバリエーションがあり、一般展開されるほどに至っていない点が残念な点であります。 私見ですが、投薬を伴いながら、光療法だけで生体リズムをコントロールしてゆっくりと概日リズムを正常化させていく方法が、現在のところ、わかりやすく一般展開しやすい治療法だと感じました。実際、筆者の経験では、うつ病の方の睡眠位相を正常に戻していく経験は何度も体験しています。それを長期にわたって維持継続し、投薬との相乗効果で治療していくというやり方がより現実的だと感じた次第です。ただ、断眠療法に詳しい医師が近くにおられて治療できるのであれば、効果がでるのが非常に早いので、その適用価値は非常に大きいと思います。
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睡眠医療 Vol.2 No.1 2007 特集 うつと睡眠をめぐって 「10.HPA axisと睡眠、うつ」 田ヶ谷 浩邦氏 |
この文献は非常に新しく、HPA axisのメカニズムをより深く解明しようとするもので大変重要です。しかし、大変難易度が高いので、全般的な要約は避けさせていただき、まとめとして書かれていている大変重要な箇所を選んで要約しました。 HPA axisの活動は、下記の3種類によって調節されており、抗うつ薬は、HPA axisの活動を正常かする作用があると考えられていることが紹介されています。
私見になりますが、抗うつ薬がHPA axisの活動を正常かする作用がある上に、1は光療法を加えることで相乗効果が得られることが想定できました。 更に、「うつ病 その1」の最後にある「高照度光療法は、セロトニン神経系を介して効果を発揮していると考えられている」と説明されていることは、光療法が直接的にうつ病に効果があることを表現しています。 しかし、上記の3については様々な状況が考えられます。たとえば、高ストレスのビジネスマンで紹介したような場合は、交感神経の高ぶりが想定できますので、概日リズムを整えて副交感神経の活動を呼び起こし、深い睡眠を得られることが重要となります。もちろん、同時に自分自身の考え方、重要度、価値観、環境を変えていくことは大変重要なことで、これらを十分に行わないとどんな治療法を行っても効果は十分には得られない可能性があります。 うつ病患者に光療法を実施してみて、効果の出方に差が出るのは、人によってこの1から3のメカニズムのバランスが異なるからだと思いました。たとえば、3が一番大きな要因である方の場合は、効果のバラツキが大きくなり、1やセロトニン系が要因となっている場合は効果が出やすいといったことが起きていたのではないかと推測しています。
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